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『十字架』

    【原作】重松清 第44回吉川英治文学賞受賞作「十字架」(講談社文庫刊)

 【監督】五十嵐匠(2015年)/122分/日本

 【出演】小出恵介 木村文乃 富田靖子 永瀬正敏 小柴亮太

Story
 

背負うものが重ければ重いほど、人は強く生きていくことができる・・・。

中2の秋。藤井俊介(フジシュン)が命を絶った。

遺書によって「親友」にされてしまった真田祐(ユウ)。自分の誕生日がフジシュンの命日になってしまった中川小百合(サユ)。憔悴し、息子の思い出にすがる母親。そして信頼していたがゆえに息子の心情に気づこうとしなかった自身を責めながら、息子を見殺しにした者たちへの怒りを支えに生きる父親。

背負ってしまったそれぞれの十字架の重みに葛藤し、互いに思いを交差させながら、彼らは人生を歩いていく。

果たして赦しはあるのか?希望の光は射すのだろうか?そして十字架を背負った20年の人生を経て、彼らがたどりつくところとは?

五十嵐 匠監督

×町永 俊雄氏

登壇!

Story
 

1983年、活気あふれるミラノ。

労働組合員のネッロは正義感が強い熱血男だが、型破りな活動をしたために、所属していた組合から異動を命じられてしまう。

行きついた先はバザーリア法により精神病院から出た元患者たちの協同組合だった。病院から出て自由な生活を送るどころか、毎日を無気力にただ過ごしている彼らを見たネッロは、施しではなく、自分で仕事をしてお金を稼ぐことを持ち掛ける。“床貼り”の仕事をすることが採択され、ネッロは彼らと共に無謀ともいえる試みに挑戦する。しかし数少ない練習を兼ねた現場でも組合員たちは次々と失敗する始末。

そんなある日、仕事現場でアクシデントが起こり、みんなの人生が180度回転するようなチャンスが巡ってくる…

『人生、ここにあり!』

 2009年イタリア・ゴールデングローブ賞受賞

 【監 督】ジュリオ・マンフレドニア(2008年)/111分/イタリア

 【出 演】クラウディオ・ビジオ、アニータ・カブリオーリ

トークセッション①
 15:10頃~ 

五十嵐 匠 IGARASHI Shou -日本映画監督協会所属-

1958年(昭和33年)9月16日青森市に生まれる。弘前高校、立教大学文学部日本文学科卒。

岩波映画・四宮鉄男監督に師事。TBS「兼高かおる世界の旅」制作のため、アラスカをはじめ、

世界各国を回る。以後フリー。

『SAWADA-カメラマン沢田教一の生と死』(1996)、『地雷を踏んだらサヨウナラ』(2000)、

『みすゞ』(2001)、『HAZAN』(2003)、『アダン』(2005)、『長州ファイブ』(2007)、

『半次郎』(2010)、『十字架』(2015)

​町永 俊雄氏

登壇!

 

トークセッション②
 13:10頃~  
 16:00頃~  

 トークセッション

 18:00頃~   

五十嵐 匠氏(『十字架』監督)× 町永 俊雄氏(福祉ジャーナリスト)

コーディネーター 清水 康之(ライフリンク代表)

 町永 俊雄氏 ×  清水 康之(ライフリンク代表)

(c) 2008 RIZZOLI FILM

©重松清/講談社

©2015「十字架」製作委員会(アイエス・フィールド ストームピクチャーズ BSフジ)

清水 康之 SHIMIZU Yasuyuki -NPO法人 自殺対策支援センター ライフリンク代表-
元NHK報道ディレクター。自死遺児たちの取材をきっかけに、自殺対策の重要性を認識。
2004年にNHKを退職し、ライフリンクを設立。10万人署名運動等を通して2006年の「自殺対策基本法」成立に大きく貢献する。2016年、基本法施行から10年目の大改革を主導し、「自殺対策基本法の大改正+政府の推進体制の強化+地域自殺対策予算の恒久化」の実現に大きく貢献する。自殺対策の「つなぎ役」として日々全国を奔走中。自殺対策全国民間ネットワーク代表。元内閣府参与(自殺対策担当)。

著書に『自殺実態白書2013』(ライフリンク編)、共著に『自殺社会から「生き心地の良い社会」へ』(講談社文庫)など。

町永 俊雄 MACHINAGA Toshio -福祉ジャーナリスト 元NHK福祉ネットワーク キャスター

1971年NHK入局。「おはようジャーナル」「NHKスペシャル」などのキャスターとして、経済、暮らし、教育、福祉などの情報番組を担当。 2004年から「福祉ネットワーク」キャスターとして、障がい、医療、うつ、認知症、自殺など福祉課題を伝える。現在はフリーの福祉ジャーナリストとして高齢社会や地域福祉をめぐり、番組や執筆の他、各地でシンポジュームや講演活動をしている。

 

近著 「わにの腕立て伏せ」中央法規出版

NHK「認知症フォーラム」コーディネーター/わたしのがんnet 理事

全国社会福祉協議会 運営委員/厚生労働省 介護のシゴト向上懇談会 座長

認知症施策における官民連携モデル事業 検討委員

​彼らの「心の闇」映画「十字架」監督 五十嵐 匠
 

先日、ある地方都市で中二の女子生徒が自殺した。学校三階の渡り廊下から飛び降りたのである。その日、少女は身体検査の時間が終わっても教室に戻ってはこなかった。不審に思った担任が探しまわり、倒れている少女を発見した。彼女は遺書を残していた。そこには次のように書かれていた。「中学校生活は本当に楽しかった。この学校にいじめも虐待もなかった」。

 

では、彼女は何故死を選んだのだろうか?遺書は次のように続く。「このまま生きて大人になっても、自分の思い通りにいかないことはわかっている。私は中学校の楽しい思い出のままで死にたかった」。部活でも活躍し絵をかくことが好きな聡明な少女だったという。彼女は友人たちにいじめで排除もされていなかったし、教師との関係も、よく冗談を言いあったりして良好だったという。では一体なぜ?

 

ネットから垂れ流されるあふれるほどの情報の中で私たちは生きている。少女は、そんな情報の渦に巻き込まれながら、大人になるにつれ、格差がどんどん広がり、弱者が次々と排除されてゆくこの国に生きてゆく自分の将来が見えていたのかもしれない。そこにまだ大人になりきれていない少女特有の絶望があったのかもしれない。私は映画「十字架」のフジシュンの死をいじめによるものとして描いた。しかし、現代に生きる中二の心の闇は我々の思いもよらないところで深く、そして進行していると感じた。

 

では、どうやってその心の闇を取り除くことができるのだろうか。どうやってその闇が発するかすかな信号を受け止めることができるのだろうか。そのためには各々の家庭生活の中で、彼らのそばにしっかりとよりそい、アンテナをはって見つめ続けることしかないのかもしれないと思った。

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